塙 元日刊スポーツ編集部長 執筆

コラム of コンサドーレ

紙面では読めない

このホームページだけのコラムです。


「 ターニングポイント 5,25川崎戦」

 「彼」は一人で見つめていた。黒いシャツにジーンズ。観客席にぽつんと座った「彼」は、2点差でリードされているコンサドーレの試合を厚別競技場の端っこで見ていたーーー。

 現在、前半戦を終了して、14勝1敗。コンサドーレ札幌は首位で後半戦に臨む。好調を維持し、前半戦で一気に勢いに乗った試合は、5月25日厚別競技場で行われた、川崎フロンターレ戦だ。前半、川崎のスピードに乗った攻撃に合い、0ー2と敗色濃厚の試合を、残り1分から2点をたたき込み、同点とし、延長Vゴールで逆転勝利を収めた奇跡的な試合だ。そんな試合の競技場に、「彼」はいた。

 この試合、私は厚別競技場をゆっくりと一周してみた。プレス席ではわからない、観客席の雰囲気に触れたかった。ホームスタンドから右手の、川崎の応援席から歩いた。試合はちょうど、川崎に先制を許し、バックスタンドにさしかかったところで2点差とされた。

 それでも、応援が途絶えないコンサドーレサポーター席の後ろを通り、スタンドの向かって右側の一番端に5m四方ぐらいの空いている椅子席を見つけて座った。ちょうど、サポーター席がちょうど前に見えるあたりだ。試合を見るのには端っこすぎて、サポーター側とはいえ、メガホンを持つ観客はおらず応援の声もない。斜め前にいる中年の夫婦は試合を見るというより、家庭の相談事でもしているのだろうか、持参のお菓子に目を落としながら話をしていた。

 競技場の中でも、そこだけは静かで、試合の進行とは無縁に感じられた。川崎の中盤は依然とアグレッシブで、前半残り5分にはバルデスのPKが外れた。0ー2とされ、ついにコンサドーレの連勝はこれで終わりかと、感じていた。

 

 空いた椅子席の3つ前にいた「彼」が急に立ち上がった。年の頃、18、19歳。

地味な格好と、ずっと黙ったままだったので、この子はいったい何を楽しみにサッカーを見に来ているんだろう、と思っていた。

ああ、なんだ、帰るのかーーー。

 とこらが、ほどなく「彼」は帰ってきた。手に、赤黒のメガホンを持って。買って戻ってきたのだ。そして、座るやいなや、サポーター席の声援に合わせて、突然「コンサドーレ」と声を上げ、メガホンをたたき出した。斜め前の中年の夫婦は、ぎょっとして「彼」を見つめた。だが、「彼」に周囲が気になりようがなかった。その5m四方の周囲では異様ではあっても、サポーター席の応援に呼応して、「彼」は叫び、そしてメガホンをたたき続けた。

 サッカーの魅力?ーーー敗色の濃い試合を前に、彼にメガホンを買わせた衝動は何だったんだろう。選手の戦いざまか、必死に応援を続けるサポーターか。

 残念ながら、その後「彼」がどうなったか知らない。ハーフタイムに、プレスルームに戻り、後半は私自身が試合にのめりこんでしまって、その椅子席に戻る余裕がなかった。

 だが、その後の試合で同じ場所に彼の姿は見えなかった。きっと、彼は今はサポーター席にいるに違いない。

この試合は、確かに麻薬のような試合だった。絶望的な前半から、終盤の急激な期待の高まり、そしてあふれるばかりの喜びでの終焉。コンサドーレの選手にとっても、1万531人の観衆にとっても、札幌、北海道のファンにとっても、この試合は、一つのターニングポイントだった。もちろん、「彼」にとっても。


「バルデスの間(ま)」

 その昔、サッカーJリーグが誕生しようとしていた頃、「しょせん日本人にサッカ
ーは理解できないよ。日本人は野球のあの”間”が必要なのさ」という意見が結構あ
った。
 だが、逆にサッカーのいろいろな「間」が今、目の前で繰り広げられるようになっ
た。5月18日、コンサドーレ札幌の試合は、吉原のハットトリックが目立ったが、
いいものを見せてもらった、と思った。バルデスの1点目だ。
 中盤のマラドーナから縦パス1本がバルデスに通り、ゴール前30mから走り込ん
だ。バックス二人が追走する。左に切れ込んで、ゴールエリアに入り込んだバルデス
。左足でシュートの場面だ。追いついたバックスの一人がバルデスのシュートコース
に入り込んだ。だが、バルデスにとって彼のシュートコースの右側を多少ふさがれた
だけだろう。キーパーのポジショニングからすれば、彼のゴールコースは左サイドに
あった。それでもバルデスなら50%ぐらいの確率で決めただろう。
 バルデスはフェイントを使った。左足でシュートの体勢にはいりながら、打たなか
った。これでスライディングした一人のバックスは完全に舞台下に消えた。もう一人
が追いつく。ボールを体の右側に回したバルデスに、さらに追いついたバックスがシ
ュートコースをふさごうとする。この時点でバルデスのシュートコースは、最初より
増えた。70%ぐらいか。最後のバックスは、焦っていた。右でけり込むバルデス。
 それでも、またフェイントをかけた。このゴールのアーティストは、いやこの時点
では計算機といってもいい、さらに確率の多い手段を選んだ。小さいフェイントで、
一人のバックスを、キーパーまでもおとりにかけた。
 仕上げは、芝生にはいつくばったキーパーの上空を、落ち着き払ったループシュー
トで、100%の確率でボールがネットに吸い込まれた。バルデスは彼の「間」で、
シュートの確率を高めた。
 歌舞伎役者が花道を、グワッと目を見開き、花道を六歩を踏みながら、タンタンタ
ンタンと迫り出してくる。ここで、グイッと顔をひねる見栄を切るかと待ちかまえる
観客に、役者は一瞬、「間」をおいて、見栄を切る。このタイミング、間が日本人の
ルーツに近いものがあるとしたら、バルデスの間はまさしくサッカーの間だ。
 もちろん、マラドーナにも間はある。ドリブル、単なる走り方にも。バルデスなら
陸上選手はつとまるかもしれないが、マラドーナのピッチ走法は陸上選手のそれでは
ない。
 25日の試合。前半のバルデスに、彼の間は感じられなかった。マークが徹底して
いたせいもあるが、ボールをもらっても、ワンタッチ、ツータッチでパスを出すバル
デス。彼は、ドリブルなど、ロングストライドの走り方で、自分のリズムを、間を作
るタイプに見えた。ただポストプレーに徹するだけでは、自分のリズムを作りにくい
のではないか。だから、前半のpkを外したのも、彼の体の中のリズムがビートを刻
んでいなかったと思う。
 火が付いたバルデスが、後半にいた。1-3とされてからの得点は、やはり憎いば
かりのワンタッチ、きれいに流し込むシュートだ。バルデスには、爆発的なイメージ
があるが、彼の真骨頂はテクニシャンにあると思う。
 バルデスの間、それにマラドーナの間が、コンサドーレの中核だ。いかんせん、日
本選手がそれをどこまで感じられるか。背後へ、何も見ないでパスできるのは、それ
ぞれの間のさぐり合いと、協調だ。だが、25日の吉原にこの間は感じられなかった
。優れた外国人プレーヤーとの間のとりあいの難しさは、何もコンサドーレに限った
事ではなく、日本のサッカーチームほとんどに言えることだ。

塙 正典
Masanori Hanawa